あいかつイソップ第2話 ムセキニン

 

あいかつイソップ

第2話

♪~下校時間になりました。

いつものアナウンスが流れると

校庭で遊んでいた六郎(ロク)君たちは

ランドセルをしょって校門を出ました。

 

何人かの友達と一緒に

わいわいと喋りながら歩く帰り道で

「あっ」と誰かが言って指さす方を見ると

公園で野良猫に餌を上げている

お婆さんの姿が見えました。

「ムセキニン餌やりだぁ・・・」と声をひそめて

みんなは顔を見合わせました。

 

その日 社会科の授業で動物愛護の話があり

地球の生物を大切に。

自然保護と絶滅危惧種。

家で動物を飼う際の責任と義務。

野良犬や野良猫の問題・・・などを

聞いたばかりだったのです。

 

ロク君の家では

動物愛護団体から保護犬を引き取り

ゴローと名前をつけ家族で可愛がっていたので

話の内容はよく分かりました。

なぜ犬が五郎かというと

ロク(六郎)君が生まれる少し前に

子犬を引き取ってゴロー(五郎)と名づけたからです。

 

ちなみに家族の名前は次の通りです。

父・一郎 母・双葉 

姉・一二三(ひふみ) 兄・四郎

みーんな名前に数がついています。 

 

さて話を戻しますと・・・授業で先生が

「野良犬や野良猫に餌を与えてはいけません」

「餌をやると子を産んでどんどん増えてしまいます」

「そういうムセキニンな餌やりをしてはいけません」

と注意したばかりでした。

 

だからみんなは口々に

「ムセキニン」「ムセキニン」と

声を潜めてお婆さんを指さすのでした。

でもロク君はみんなに合わすことが出来ず

黙って下を向きました。

なぜかというと

ロク君はお婆さんのことを知っていたからです。

お婆さんはロク君の近所に住んでいて

3年前にご主人を失くし、今はひとり暮らしです。

二人の子どもは東京と大阪で

それぞれ結婚して家庭を持ち

お正月とお盆にしか帰って来ません。

 

ロク君は、お父さんとお母さんが

話していたことを思い出していました。

 

「きっと寂しいのよ。家にいても誰も話す相手がいないでしょ」

「もともと犬や猫を飼っていた動物好きな人だから、野良猫に餌をやる気持ちはわかるけどね・・・」

「町内会でも、野良猫の糞や尿が問題になっているし、車に足跡をつけられた、って怒ってる人もいたわ」

 

ロク君は先生が話した

「地球の生きものを大切に」という話と

「野良に餌を与えないで」という話は

どこかで食い違っているような気がしていました。

だからムセキニンということが

よく理解できなかったのです。

 

家に帰って

大学受験勉強中の一二三姉さんに尋ねました。

「ねえ、責任てどういうこと?」

姉さんは法律を勉強して弁護士になるのが夢です。

 

「責任とは、自分の分担として、しなければならない任務の事だけど、その前に、義務の説明をしておくと・・・、義務とは、その立場にある人として当然やらなければいけないとされている事ね。つまりはじめに義務があって、その義務を果たせなかった時に、責任が発生するの。わかった?」

そんなのわかるわけないじゃん。

野球の部活を終えて家に帰ったばかりの

中学生の四郎兄さんにも聞いてみました。

(無駄だろうなと思いながら)

 

「ん、責任か?・・・例えば、5対2で負けてる試合の最終回、2死満塁でさぁ、俺がさぁ、代打で指名されてさぁ、ホームランを打てばさぁ、一挙に4点入って逆転できる。だろ!それが責任ってことさ」

 

兄ちゃんに聞くのはやっぱ無駄だった。

 

パートから帰って夕飯の支度をする

お母さんを手伝いながら聞きました。

「ねえ、ムセキニンな餌やりってどういこと?」

 

「友田のお婆ちゃんのことで何か聞いたのね? え、学校の授業で?

そう、最近はそんなことも教えるんだ。野良を可哀そうと思って餌をやると、赤ちゃんを産んでどんどん増えて行くでしょ・・・」

 

母さんも学校の先生と同じ説明を繰り返すだけだった。

そんなことはわかってるんだ。

ぼくが知りたいのはもっと別のことだった。

 

*~*~*~*~*~*~*~*~

 

その夜ロク君は

老犬のゴローに話しかけました。

幼い時からふたりは兄弟のように

いつも一緒に過ごして来たのです。

だからロク君がベッドに入ると

ゴローは脇に飛び乗って

ペロリとロク君の顔を舐めます。

こうしてロク君が誰にも言えない胸の内を話し

ロクが耳を傾けるのが日課になっているんです。

犬や猫くらい人の話を黙って聞いてくれる相手はいません。

ほんとうですよ。

 

「ぼくが知りたいのは、餌をやることだけをムセキニンというのは、どうしてか、ってことなんだ」

「大人たちはいつも“いのちを大切にしろ”“弱いものをいじめるな”って言ってるくせに、“餌をやるな野良に餌を上げるな”だってさ! それって“飢え死にさせろ”ってことだろ?」

「ぼくは子どもだから、まだうまく言えないんだけれど・・・、餌やりだけをムセキニンと言って、犬や猫を飢え死にさせるムセキニンはどうするのさ・・・?」

 

ロク君が沈んだ声で話すと

ゴローはクゥ~ンと小さく鳴きました。

 

「友田のお婆ちゃんは一人暮らしでさびしくて、野良猫に餌を上げるのが楽しみなんだ。それなのに・・・」

「みんながムセキニンムセキニンって言うから・・・こそこそと隠れて・・・あんなに目をキョトキョトさせて・・・・」

「お婆ちゃんも・・・・・餓死する野良猫も・・・・・可哀そう・・・・・」

 

ロク君は眠ってしまいました。

そういうことを心配していたんですね。

なんて優しい子でしょう。

老犬ゴローもピタとからだを寄せて

ロク君を守るように眠ってしまいました。

 

確かに小学生が心を痛めるには

問題が大きすぎるのかも知れませんね。

ロク君がもっと大人になり

もっと言葉を使えるようになったら

きっとこう言いたかったのでしょう。

 

*~*~*~*~*~*~*~*~

 

野良に餌をやるのをそのまま放置すると

野良犬・猫はどんどん増えてしまいます。

それを無責任というのはその通りです。

 

「地域猫」や「TNR」という方法があります。

でも若い労働力を都会に取られ

年寄りの多い地方都市では実施が難しく

また野良犬に適用する方法も見つかっていません。

 

ですから

そのシステムを考え・調えてやり

年寄りのささやかな楽しみを叶えてやるのが

若い世代や行政の務めではないでしょうか。

 

それなのに

労力と経費を惜しんで「餓死」を選ばせる。

お年寄りが犬や猫を飼えるように
社会のシステムを調えることを怠っている。
そのムセキニンは問われないの?

・・・と

餌やりだけをムセキニンと非難する人たちに

抗議したかったのでしょう。

 

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