おはようございます
《あかるく あいかつ あおい鳥》
休日だっていうのに
朝早くからたたき起こされ
モーニング珈琲もそこそこに
車を運転させられている。
・・・ったく何てこった。
「ねえ、前を向いて運転してよ」
妻のクレームが飛んで来る。
「マジで、犬を飼う気なのかよ?」
「それは何度も話しあって決めた事でしょ」
「・・・・・・・・・」
あいかつイソップ
第五話
妻が「犬を飼いたい」と言い出したのは
1年前頃からだった。
子どもたちが大きくなって
愛情を向ける対象がいなくなったからだろう。
わたしも動物は嫌いじゃないし
子どもの頃は犬、猫、亀、小鳥
金魚、ハムスター、カブトムシ
・・・とさまざまに飼って来た。
だから・・・というわけでもないけれど
1999年にTONYが
世界初のロボット犬を発売した時には
真っ先に買い求めたくらいだ。
じきに飽きてしまったが・・・。
まあそれほど動物好きということだが
その頃ちょうど子どもも相次いで生まれ
仕事も責任ある部署で忙しくなり
妻も子育てに追われ
動物を飼うどころではなくなった。
あれから20年近く経って
子どもたちも親の手を離れ
わたしもこれ以上の出世は望めず
まあ ゆるゆると老い支度に
入ろうかと思っていたので
「犬を飼おう」と妻が言い出した時には
それもいいかも・・・という気持ちだった。
ところが
昨年1月11日にTONYが
12年ぶりに新型犬ロボットを発売したと
最近になって知った。
1年間も気づかずにいたなんてうかつだった。
ネットで検索して見ると
最新のメカトロニクスが駆使された
優れモノのワンちゃんらしい。
だから妻が
「どうせ飼うならペットショップからではなく
保護犬を助けてやりたい。
今度の土日に譲渡会に行って見ない?」
といった時もウンウンと生返事だった。
それが今日だったなんて。
妻がしきりにせかすので
仕方なく譲渡会場に向かったのだが・・・
「ねぇまだロボット犬のこと考えてるの?」
「うん、ロボットなら手間がかからないだろ」
「手間をかけるから愛情が深まるんでしょ」
「でもやっと子育ての苦労から解放されたんだから
きみも少し休んだらどうかな、と思って」
「女は命と伴走して生きるのが幸せなの」
「ふーん、よくわからないけどなぁ」
「ともかくずうっと考えてたの。
いつか可哀そうな犬か猫を助けてあげよう、って」
そんなこと言われても
わたしの頭は新型犬ロボでいっぱいだった。
・自立型エンターテイメントロボット
・丸みを帯びた生命感あふれる姿
・くるくる動く瞳、個性的な鳴き声
・耳や尻尾や体のボディーランゲージ
・育てる喜び 夢と希望 感動
・物語りをつくるコミュニケ―ションロボ
「馬鹿みたい。なにそれ!?」
はっと気づくと妻がにらんでいた。
ネットで仕入れた数々のフレーズが
思わず口から洩れていたらしい。
「かつて世界のTONYと呼ばれた会社が
一体何を考えてるの。
介護用や仕事用のロボットならいいわよ。
それが・・・生命感あふれる???
育てる喜び? 物語りをつくる?
毎年何万匹もの犬や猫が
ガス室で処分されているというのに
なんでロボットの犬を売らなきゃいけないの?」
「で、でも、超小型アクチュエーターを搭載し
22軸の自由度でなめらかな動き
感圧・静電容量方式タッチセンサー
6軸検出システムの頭部とボディー
こうした先端のロボット技術は
必ず将来の役に立つはず・・・」
「ボーッと生きてんじゃねーよ!」
妻は突然「ちこちゃん」となり
頭から湯気を噴き出した。
わたしは黙って車を停めた。
腹を立てたのではなく
譲渡会の会場に着いたからだ。
妻はバタンとドアを閉め
すたすたと会場に入って行く。
私はあわてて後を追った。
そこには天使たちがいた。
クンクン、ミーミーいってる天使が
いっぱいいた。
LEDの眼なんて太刀打ちできない無垢な瞳。
22軸で動くボディーなんて比較にならない愛らしさ。
タッチセンサーなど足元にも及ばない滑らかな動き。
1匹の前で妻が足を止めた。
「ねえ、この子、どうかしら?」
ケージから出して抱かせてもらった。
「ロボットの犬なんて夢も見ないのよ。
こんなに可愛い無垢の命が
たくさん救いを求めているのに
どうしてロボットなの?」
そう言って妻は
にこやかに子犬を差し出した。
わたしは無言でその子を抱き取った。
不思議な出会いだった。
思考回路は全てその子犬に占領された。
もう理屈なんてどうでもいい。
わたしは子犬の耳にそっと告げた。
お前と生きてゆこう。
これから一緒にいっぱい夢を見ような。
私たちが「あいかつ」を続けて行けますように
どうかご支援をお願い致します。